龍泉院について
龍泉院、七百余年の歩み。
龍泉院の草創は、建長5年(1253年)、相馬氏によるといわれております。鎌倉時代中期、道元禅師が入寂された年でもあります。ただ、その後約300年間については詳しいことは分かっていません。下って戦国期の天文年間、木更津の眞如寺第六世・量指長英大和尚(1555年寂)をお迎えし、曹洞宗寺院となりました。
江戸時代初期には、大名本多氏の帰依により現在地へ移転。その後約100年間、本多氏の庇護を受けました。享保年間には十五世象山和尚のときに本堂を再建し、表参道を開きました。天保年間には二十五世正珠和尚のとき、百観音石像を大悲殿に祀り、受戒会を行いました。
明治4年には上地令により山林が官有地となりましたが、21年後に買い戻しました。しかし昭和23年、農地解放により農地すべてと山林の一部を失いました。以後、龍泉院では伽藍の復興と境内の整備に努め、昭和57年に本堂を再建、平成4年に大悲殿を再建、平成17年に山門を再建、平成24年には坐禅堂を建立するなど、整備を重ねて今日に至っています。
寺院の概要
| 宗派 | 曹洞宗(そうとうしゅう) |
|---|---|
| 山号 | 天徳山(てんとくざん) |
| 寺号 | 龍泉院(りゅうせんいん) |
| 御本尊 | 釈迦牟尼佛(しゃかむにぶつ) |
| 開創 | 建長5年(1253年) |
| 御開山 | 量指長英大和尚(りょうしちょうえいだいおしょう) |
| 開基 | 相馬小次郎師胤公(そうまこじろうもろたねこう) |
曹洞宗について
曹洞宗は、今から約800年前の鎌倉時代に、道元禅師(どうげんぜんじ)が中国から正伝の仏法を日本に伝え、その教えを瑩山禅師(けいざんぜんじ)が全国へ広め、礎を築いた禅宗の一つです。曹洞宗では、道元禅師を高祖、瑩山禅師を太祖と仰いでいます。
その教えの根幹にあるのが坐禅です。坐禅の実践を大切にするとともに、歩くこと、食事をすること、働くことなど、日々の生活の一つひとつを丁寧に行うことも修行と捉えています。
鎌倉時代末期から室町時代にかけて、曹洞宗は地方の豪族や一般の人々の帰依を受けながら各地へ広がっていきました。現在、曹洞宗には福井県の大本山永平寺と、神奈川県横浜市の大本山總持寺という二つの大本山があります。
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